自己紹介その3:What is that!? 意外だったアメリカ

アメリカに引っ越して少したってから

小学三年生の途中でアメリカのテキサス州に引っ越し、立つこと数ヶ月。

少しづつ英語は分かってきたものの、まだ英語と慣れない文化に苦戦する日々でした。

 

日本では当たり前と思っていた事が通用しなかったり、

アメリカ人独特の価値観もあったりなどなど。

 

アメリカの一般的なサービスは日本ほど優秀ではなく、多くの海外駐在員の方が日本とアメリカのサービス品質の差を目の当たりにし、

みんな口を揃えていうのが「日本って本当に丁寧だよね」です。

 

女性がドアを通る時は扉を開いてあげて、

先に席を座らせたり、女性に先に選択させてあげるなど、いわゆるレディースファーストの習慣もこのころから少しづつ慣れ始めていました。

 

知られざる、もう一つの学校

現地の学校には通っていたのですが、実はもう一つ通っていた学校があります。

その名前も、ヒューストン日本語補習校です。

 

そもそも補習校とはなんぞや

http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/clarinet/002/003/002/001.htm

 

ちょっと分かりにくいかもしれませんが、

補習校とは、月曜日から金曜日までアメリカの現地校に通う児童生徒が土曜日または日曜日だけ通う学校です。

 

世界各地に日本語補習校は存在し、日々アメリカの現地の学校に通う子供達が一週間に一回集まるのです。

 

そう、自分は当時週6で学校に行っていたのです(笑)

 

補習校によって異なりますが、幼稚園、小学部、中学部、高等部と、

ヒューストン日本語補習校では存在してました。

https://www.jeihouston.org/

 

なので海外にいても、日本人同士の繋がりを持つ事が出来て、補習校を中心にして、日本人コミュニティも形成されていくのです。

当時の英語が分からない自分にとって、この日本語補習校の存在も大きく心のオアシスみたいな存在でした。

 

補習校を中心とした生活

英語が話せない分、日本人の友達と思いっきり日本語を話し、補習校の後の時間や日曜日は日本人同士の友達と会う時間も徐々に増えていました。

 

もちろん、子供だけでなく、親同士でも状況は同じです。

お互いの家に集まってバーベキューや、ご飯会をするなどなど。

家族ぐるみで旅行に行く!という事もあります。

 

今思い返すと、高校の途中までアメリカにいつつ、自分は日本人との付き合いが多かったです。

海外にいるからこそ繋がった日本人同士のご縁でもあったし、「みんなで頑張ってアメリカ生活を乗り切ろう!」と言う一致団結弾する感覚も楽しかったです。

 

現地の野球チーム(ヒューストンアストロズ)に当時所属していた松井稼頭央選手が訪問してくれたり

(当時の自分、髪が長い。。。!!)

 

宇宙飛行士の方が補習校を訪ねてくれたりなど、著名人との繋がりも!(写真は山崎直子宇宙飛行士

日本の外の小さな日本も、楽しいものです。

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