自己紹介その2:始まった人生の大冒険

ベトナムから日本へ帰国してから

ベトナムから戻ってきてから、生まれの横浜に戻って日本の生活がスタート!

横浜の幼稚園に通い、小学校に進学し、近所の友人達とサッカーを始めるなど、

順調に小学校生活を過ごしていました。。。

 

ただ、あの日までは。

 

小学校3年という新学期が始まり、ここからまた新たな学年がスタートと張り切っていましたが、

ここで父親から、アメリカ転勤の話を告げられます。

 

告げられた当時は頭が真っ白。

「これって本当なの。。。。?本当に引っ越するの?」

という考えが頭をグルグル回ってました。

 

当時は現実を受け止められなくて、どう考えればいいか、友達にどう伝えていいかもわからず、

ただただ、自分の目からは寂しさの涙が溢れてました。

 

小学校に入ってからも大阪や京都に転向する友人はいたのですが、

アメリカと考えると当時の自分にはスケールが大きすぎて、受け止めようがなかったです。

でも今思い出すと、当時から自分は寂しがり屋さんで、小学校での友人と離れるのが寂しかったんだなと思います。

 

引っ越しが告げられてから、徐々に友人にも伝わり、クラスで送別会の後、いざアメリカへ引っ越す時に。

英語が全く話せない不安と、今後自分がどうなっていくのか、先が全く見えなく、不安しか無かったです。

 

いざアメリカへ

そして迎えた引っ越し。パスポートにスタンプを押してもらい、いざアメリカへ。

アメリカでの行き先は宇宙兄弟でも出てくる街、テキサス州のヒューストン市。

 

あまり知られてないですが、アメリカで4番目の都市で、石油業界で大きく伸びた街です。

緯度は鹿児島県と同じで、年中を通して暖かい街になります。

NASAの拠点もあり、宇宙飛行士のトレーニングセンターもこの街にあるのです。

近所の雰囲気もこんな感じでした

横浜ではマンションに住んでいた為、ベトナム時代以来の一軒家。

自分が引っ越した時は小学校3年生をスタートしてから3ヶ月目で、季節はちょうど7でした。

この時はちょうどアメリカの学校の夏休み。

 

アメリカの学校の新年度は9からスタートし、翌年度の5月末には終わります。

アメリカの地域でも若干違いはありますが、6月と7月と8月の大部分が夏休み。

 

自分はちょうど、このアメリカの長い夏休みの間にアメリカに引っ越してきた事になります。

日本で3年生を3ヶ月経験して、またアメリカで3年生をやり直すという形に。。。

 

夏休み間は生活に馴染む為、家具を揃えたり、日用雑貨品を揃えたり、他の日本人駐在員に挨拶に行ったりなどなど、割と忙しい日々でした。。。自分も大変でしたが、それ以上にアメリカに馴染もうとしていた母親と、新たな土地で仕事を始める父親も同様に大変だったはず。

 

そして小学校初日!

そして迎えたアメリカでの学校一日目。

土地が広いアメリカでは、多くの人はスクールバスで通学

 

 

通っていた小学校はこちら(正門)

学校に行くのは良いのですが、全くと言って良いほどさっぱり分かりませんでした(笑)

 

もちろん周りもアメリカ人が多く、英語で話してきて、英文しか見えず、分かるといえば算数の授業での足し算や掛け算ぐらい。。。

渡される宿題も英語で全く分からず、本当に学校って行く意味ってあるのかなと考える毎日。

昔はよく堪えてたなと、今となってからこそそう思います。

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